「営業が苦手」が強みになる構造
まず、なぜ「営業が苦手」が強みになるのかを説明します。
営業が得意な税理士は、新規開拓に力を入れます。セミナーを開き、紹介を依頼し、DMを送ります。これ自体は悪いことではありません。でも、1つの構造的な問題があります。
新規開拓にかけた時間の分だけ、既存の顧問先に使える時間が減る。
結果として、既存の顧問先への対応が「月1回の訪問、試算表の報告、質問に回答、帰る」というルーティンになりがちです。社長との関係は維持されますが、深まりません。
一方、営業が苦手な税理士は新規開拓をしません。その分の時間とエネルギーが、既存の顧問先に向かいます。社長の話をじっくり聞く。決算の数字を深く読む。「この会社は来期どうなるだろう」と考える。
これは、実は経営支援の土台そのものです。
営業が得意な税理士は「広く浅く」なりやすい。営業が苦手な税理士は「狭く深く」なりやすい。そして「狭く深く」のほうが、1社あたりの売上は上がる。
顧問先1社あたりの売上を上げる3つの方法
では、具体的にどうやって1社あたりの売上を上げるのか。方法は大きく3つあります。
方法1:MAS監査(経営支援サービス)の追加
月次の試算表報告に加えて、経営数値の分析・目標管理・アクションプランの策定を行うサービスです。
| 項目 | 現状(税務顧問のみ) | MAS追加後 |
|---|---|---|
| 月額顧問料 | 3万円 | 3万円 |
| MAS監査料 | なし | +5万円 |
| 月額合計 | 3万円 | 8万円 |
| 年間売上 | 36万円 | 96万円 |
1社で月5万円の追加。年間で60万円の増収です。これを新規開拓で実現しようとすると、月3万円の顧問先を2社取る必要があります。どちらが現実的か、明らかです。
方法2:事業承継支援の提供
社長が60歳以上の顧問先があれば、承継支援のニーズはほぼ確実に存在します。株価評価、移転スケジュールの策定、後継者育成計画の支援など。これは税理士の専門知識が直接活きる領域です。
| サービス | 料金目安 | 期間 |
|---|---|---|
| 株価評価・承継計画策定 | 30万〜50万円(一括) | 2〜3ヶ月 |
| 承継実行支援(月額) | 月3万〜5万円 | 1〜3年 |
方法3:経営計画策定支援
社長と一緒に中期経営計画を作り、毎月の進捗を管理するサービスです。金融機関への提出用としても使えるため、社長にとっての実利があります。
| サービス | 料金目安 |
|---|---|
| 経営計画策定(スポット) | 20万〜40万円 |
| 進捗管理・月次ミーティング | 月2万〜3万円 |
収益シミュレーション:20社の事務所の場合
具体的な数字で見てみましょう。顧問先20社の事務所を想定します。
顧問先20社。平均月額顧問料3万円。現在の月間売上60万円。
このうち、5社にMAS監査(月5万円追加)を導入した場合。
| 現状 | MAS導入後 | 差額 | |
|---|---|---|---|
| 税務顧問(20社) | 月60万円 | 月60万円 | -- |
| MAS監査(5社) | -- | 月25万円 | +25万円 |
| 月間合計 | 月60万円 | 月85万円 | +25万円 |
| 年間合計 | 720万円 | 1,020万円 | +300万円 |
年間300万円の増収。顧問先の数は1社も増やしていません。しかも、これは5社だけの話です。さらに承継支援や経営計画のスポット案件が加われば、年間400万〜500万円の増収も十分に射程圏内です。
新規開拓で年間300万円を作ろうとすれば、月3万円の顧問先を約8社獲得する必要があります。営業が苦手な税理士にとって、どちらが現実的な戦略か。答えは明白です。
深耕の具体的な4ステップ
「理屈はわかった。でも具体的にどうやって始めればいいの?」という声が聞こえます。ここからは実践的なステップをお伝えします。
ステップ1:顧問先の「深耕ポテンシャル」を可視化する
まず、今の顧問先を一覧にして、以下の3つの観点でチェックしてください。
| チェック項目 | 判断基準 |
|---|---|
| 社長との関係性 | 月次面談で経営の話ができるか |
| 会社の規模・成長性 | 年商1億円以上、または成長中か |
| 承継ニーズの有無 | 社長が60歳以上か |
3つとも当てはまる会社があれば、そこが最初のターゲットです。2つ当てはまる会社が次の候補です。
ステップ2:最初の1社で「小さく始める」
いきなり5社に同時提案するのは無謀です。まず1社だけ、最も関係の良い社長に声をかけてください。
税理士:「社長、1つお願いがあるのですが。来月から、月次の報告に加えて、御社の経営数値をもう少し深く分析してお持ちしてもいいですか。試しに3ヶ月だけ。費用は今の顧問料のままで構いません。」
ポイントは、最初は無料で始めることです。「値上げの話をされている」と思われたら、せっかくの関係が壊れます。まず「価値を見せる」。料金の話はその後です。
ステップ3:3ヶ月後に「価値の実感」を確認する
3ヶ月間、経営支援的な要素を加えた月次面談を行ったら、社長に率直に聞いてみてください。
税理士:「社長、この3ヶ月、従来の月次報告に加えて経営数値の分析をお持ちしてきましたが、率直に、いかがでしたか。役に立ちましたか。」
社長:「うん、あれは良かった。特に同業他社との比較は、自分では見えなかったから助かったよ。」
税理士:「ありがとうございます。実は、これをもう少し本格的に、毎月の経営支援としてお受けできないかと考えています。内容としては、今やっている数値分析に加えて、目標設定と進捗管理も入れます。料金は月額5万円です。ご検討いただけますか。」
ステップ4:成果が出たら、次の1社へ
最初の1社で成果が出れば、それが「実績」になります。次の社長に話すとき、「実は別の顧問先で、こういう取り組みを始めまして」と事例として紹介できます(社名を出す必要はありません)。
1社ずつ。焦らず。これが、営業が苦手な税理士に最も合った拡大方法です。
「値上げ」ではなく「サービス追加」というフレーミング
深耕による単価アップで最も重要なのは、フレーミングです。
「顧問料を上げたい」と思ったとき、多くの税理士は「値上げ交渉」を想像します。そしてそれが怖くて、結局何もしません。
でも、値上げと深耕はまったく違います。
| 値上げ | サービス追加(深耕) | |
|---|---|---|
| 社長の受け取り方 | 「同じサービスで料金が上がる」 | 「新しい価値を受け取れる」 |
| 心理的抵抗 | 高い | 低い |
| 関係への影響 | マイナスリスクあり | プラスになりやすい |
「月3万円を5万円に値上げする」と言われたら、社長は「えっ」と思います。でも「月3万円の税務顧問はそのまま。別途、月5万円の経営支援サービスを追加」であれば、社長は「新しいサービスに対してお金を払う」という構造になります。
既存の顧問料には手をつけない。新しいサービスとして、新しい料金を設定する。これだけで、社長の受け取り方はまったく変わります。
よくある不安への回答
「経営支援の経験がないのに、お金をもらっていいのか」
この不安はよくわかります。でも考えてみてください。あなたは毎月、その会社の数字を見ています。同業他社の数字も複数見ています。社長が持っていない「客観的な視点」をすでに持っているのです。
最初は「経営支援の完成形」を提供する必要はありません。「今より少し深い数字の読み方を、社長と一緒に行う」だけで十分です。完璧な経営コンサルタントになる必要はありません。
「5社も見つかるか不安です」
最初から5社を目標にしないでください。まず1社です。1社でうまくいけば、2社目は楽になります。2社目でもうまくいけば、3社目はさらに楽です。そして、5社に到達するまでに1年かかっても、まったく問題ありません。
「断られたらどうしよう」
断られます。全員がYesとは言いません。でも、ステップ2で説明したように、最初は無料で始めて「価値を実感してもらう」ところからスタートすれば、断られる確率は大幅に下がります。そして仮に断られたとしても、税務顧問の関係は何も変わりません。「ダメもと」で声をかけてみるだけです。
まとめ:営業しなくても、事務所は成長できる
この記事で伝えたかったことは、シンプルです。
- 新規開拓だけが収益アップの方法ではない
- 既存顧問先の深耕は、営業が苦手な税理士にこそ向いている
- 「値上げ」ではなく「サービス追加」として提案する
- まず1社から、小さく始める
営業が得意な税理士を羨ましいと思う必要はありません。あなたの「苦手」は、別の道への入り口です。その道は、社長との信頼関係を深めながら、事務所の収益も上がっていくという、実はとても持続可能な道です。
来週の月次面談で、1人の社長の話を、いつもより10分長く聞いてみてください。それが、深耕の第一歩です。
営業トークが苦手でも、
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