MAS監査とは何か:社長に伝わる説明

まず前提を整理します。MAS監査(Management Advisory Service)は、「経営助言サービス」のことです。具体的には、月次の経営数値をもとに、経営計画の策定・進捗管理・課題の発見と改善提案を行うサービス。

ただし、この説明は「業界内の説明」です。社長にこのまま言っても、ピンときません。

社長に伝わらない説明

「MAS監査というサービスがありまして、月次で経営数値を分析して、PDCAを回しながら経営計画の達成を支援するものです。」

社長の頭の中はこうなります。「何を言っているのかわからないけど、高そうだし、面倒くさそう。」

では、どう説明すればいいか。

社長に伝わる説明

「毎月の面談で数字の報告だけでなく、社長と一緒に『この先どうするか』を考える時間を作りませんか、というご提案です。」

これだけです。MASという言葉すら使う必要はありません。社長にとって大切なのは「何をしてくれるか」であって「サービスの名前」ではないからです。

伝え方の原則

サービスの説明ではなく、社長にとっての「変化」を伝える。「MAS監査を始めます」ではなく「面談の使い方を変えませんか」。

切り出すタイミング:いきなりは絶対にNG

ここが最も重要なポイントです。MAS監査の提案は、最初の面談で切り出してはいけません。

「え? この記事は初回面談のトーク例が書いてあるんじゃないの?」と思ったかもしれません。その通りです。ただし、ここで言う「初回面談」は「MAS監査を正式に提案する最初の面談」のことであり、「その社長と初めて会う面談」ではありません。

提案の成功率は、切り出す前の「助走」で決まります。

段階 やること 目安の期間
助走1 月次面談で「経営の質問」を1つ加える(5つの質問を参照) 1〜2ヶ月
助走2 社長の悩みに関連するデータを1つ持っていく 1ヶ月
助走3 「前回の続き」として経営の話を自然に深める 1ヶ月
提案 MAS監査の提案(この記事の本題) 助走開始から3〜4ヶ月後

3〜4ヶ月の助走が長いと感じるかもしれません。でも、この期間を省略して「いきなり提案」すると、断られる3つの原因にまっすぐ突っ込むことになります。

初回提案面談のトーク台本

助走を経て、社長との間に「経営の話ができる関係」ができた前提で、提案面談のトーク台本をお伝えします。

ステップ1:これまでの振り返りから入る

トーク台本:導入

税理士:「社長、ここ数ヶ月、月次面談で経営の話もさせてもらうようになって、社長からも『こういうデータがあると助かる』と言っていただけるようになりました。」

社長:「うん、前より面談が楽しくなったよ。」

税理士:「ありがとうございます。それで今日、1つご相談があるんですが。」

ここでのポイントは2つ。「これまでの延長線上の話である」ことを示すこと。そして「提案」ではなく「相談」という言葉を使うこと。社長は「提案されると構える」けれど、「相談されると聞く姿勢になる」。

ステップ2:社長の悩みに接続する

トーク台本:接続

税理士:「以前、社長が『粗利率を37%に上げたい』とおっしゃっていましたよね。あのとき一緒に取引先別の利益率を見て、改善のポイントも見えてきました。でも正直なところ、あの分析を月次面談の中でやるには、時間が足りないんです。」

社長:「確かに、いつも時間切れになるね。」

税理士:「そうなんです。だから、月に1回、通常の面談とは別に『経営のことだけ考える時間』を設けませんか。1回60分くらいで。」

ここで「MAS監査」という言葉は使っていません。社長にとって意味があるのは「経営のことだけ考える時間」という具体的なイメージです。

ステップ3:中身を具体的に見せる

トーク台本:内容説明

税理士:「具体的にやることは3つです。1つ目は、月次の数字を『経営の目線』で分析したレポートをお作りすること。2つ目は、社長が立てた目標に対して、今どこにいるかを毎月確認すること。3つ目は、目標とのギャップがあるときに、原因と対策を一緒に考えること。」

社長:「つまり、今やってることをもうちょっとちゃんとやるってことか。」

税理士:「はい、まさにそうです。今やっていることを、仕組みとして続けられるようにするイメージです。」

ステップ4:「いくらかかるの?」への返し方

ここが最大の山場です。社長は必ず聞いてきます。「で、それはいくらかかるの?」

この質問への返し方で、提案の成否が決まります。

NG:いきなり金額を言う

税理士:「月額5万円です。」

社長の心の声:(高いのか安いのかわからない。判断基準がないから「高い」と感じる。)

OK:価値を先に見せてから金額を伝える

社長:「で、それはいくらかかるの?」

税理士:「その前に1つ確認させてください。先日、取引先別の利益率を分析したとき、C社向けの仕事が実質赤字だとわかりましたよね。あの分析だけで、社長はC社との取引条件を見直すことを決められました。」

社長:「うん、あれは助かった。」

税理士:「あの見直しで、年間で約200万円の利益改善が見込めます。今後、毎月ああいう分析を継続していくための費用として、月額5万円を考えています。年間60万円です。」

社長:「200万円の改善に対して60万円か。それなら十分ペイするな。」

金額の前に「すでに得られた成果」を思い出してもらう。これが鉄則です。金額は「コスト」ではなく「投資」として認識されます。

料金提示の3原則

1. 成果を先に見せる(すでに得られた、または見込まれる効果)
2. 年額と月額の両方を伝える(月額だけだと「毎月かかる」という負担感が出る)
3. 「まず3ヶ月やってみましょう」と期間を区切る(永続的な契約ではなくトライアルとして)

よくある失敗パターンと回避法

ここからは、私がこれまで見てきた「MAS監査の提案がうまくいかなかったケース」を紹介します。同じ失敗を繰り返さないために。

失敗パターン1:「MAS監査」という言葉から入る

失敗 なぜ失敗するか 回避法
「MAS監査というサービスがありまして……」 社長は「MAS監査」が何かわからない。わからないものに警戒する サービス名は使わず「経営のことだけ考える時間」と表現する

失敗パターン2:資料を作り込みすぎる

失敗 なぜ失敗するか 回避法
パワポ20枚の提案書を持参する 「大がかりなサービスを売り込まれる」と社長が身構える A4用紙1枚に「やること3つ」「費用」「期間」だけ書く

失敗パターン3:全顧問先に一斉提案する

失敗 なぜ失敗するか 回避法
「今月から全顧問先にMAS監査を案内しよう」と一斉展開する 助走なしの提案は断られる。断られる経験が連続すると心が折れる まずは「一番話しやすい社長1人」から始める。1社の成功が自信になる

失敗パターン4:社長の「検討します」を成功と思う

要注意のやりとり

社長:「なるほどね。ちょっと検討させてください。」

税理士:「はい、ぜひご検討ください。」(成功した気分で帰る)

社長の「検討します」は、90%の確率で「断りの前置き」です。本当に興味がある社長は「いつから始められるの?」「具体的にどんなことをやるの?」と質問してきます。

「検討します」と言われたら、こう返してください。

「検討します」への返し方

税理士:「ありがとうございます。ちなみに、ご検討いただく上で気になっている点はありますか? 費用のことか、内容のことか、あるいは時間的な負担のことか……」

社長が「費用がちょっと……」と言えば、費用の話ができます。「内容がいまいちピンとこない」と言えば、説明をやり直せます。「検討します」で終わらせず、ボトルネックを特定する。これが提案を前に進めるコツです。

提案が通らなくても、得るものはある

最後に、大切なことを伝えます。MAS監査の提案が通らなくても、それは失敗ではありません。

なぜなら、提案に至るまでの「助走」の過程で、社長との関係は確実に深まっているからです。月次面談で経営の質問をし、データを持っていき、社長の悩みを聞いた。その過程自体が、税務顧問としての価値を高めています。

私がコンサルタントとして200社と関わってきて確信していること。すべての提案が通る必要はない。提案を通じて「この人と一緒に考えたい」と思ってもらえれば、それが次の機会を作る。

焦らないでください。1社でうまくいけば、それが自信になります。自信がある提案は、自然と通りやすくなります。

戸川 誠一(とがわ せいいち)

独立系経営コンサルタント。大手メーカーの経営企画部を経て独立。15年間で200社以上の中小企業の経営支援に携わる。専門は経営計画策定・事業承継・組織改革。

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