なぜ承継の話は、こんなにも難しいのか

経営支援のメニューの中で、事業承継だけは特殊です。MAS監査の提案なら、社長は「会社が良くなるかもしれない」と前向きに聞いてくれます。経営計画も同じです。

ところが承継の話は違います。社長の頭の中では、こう変換されています。

社長の心の声

「先生、私にそろそろ辞めろって言ってるの?」

もちろん、そんなつもりはない。税理士としては「早めに準備しておいたほうがいいですよ」という善意の提案です。でも社長にとって、会社は人生そのものです。30年、40年かけて育てた会社を「引き継ぐ」話は、自分の存在意義に関わる話題です。

だから、承継の話は「内容」ではなく「文脈」が命です。同じ「そろそろ承継のことを考えませんか」でも、社長が「確かにそうだな」と思える瞬間に言えば刺さる。でも、社長が「まだまだやれる」と思っている瞬間に言えば、拒絶される。

では、社長が「確かにそうだな」と思う瞬間とは、いつなのか。

切り出すべき5つのタイミング

200社の社長と承継の話をしてきた中で、うまくいったケースを振り返ると、タイミングは大きく5つに集約されます。

タイミング1:決算報告のとき

最も自然で、最もハードルが低いタイミングです。なぜなら、決算報告は「数字の話をする場」として社長も認識しています。その延長線上で承継の話が出ても、違和感がありません。

具体的なトーク例

税理士:「社長、今期の決算をまとめました。業績は順調です。ところで1点、決算とは別にお伝えしたいことがあるのですが。」

社長:「何ですか?」

税理士:「今期末の株価を試算してみたのですが、御社の場合、類似業種比準方式で計算すると、かなり高い評価額になっています。業績が良いこと自体は素晴らしいのですが、仮に将来、株式を移転する場面が来たときに、この評価額のままだと税負担がかなり大きくなります。」

社長:「税負担って、どのくらい?」

税理士:「ざっくりですが、現状の評価額で全株式を移転すると、贈与税で約○○万円です。ただ、これは今すぐどうこうという話ではなく、『知っておいていただきたい数字』としてお伝えしています。」

この切り出し方のポイントは、「承継」という言葉を一切使っていないことです。「株価」と「税負担」という、税理士の専門領域から入っている。だから社長は「引退の話をされている」とは感じません。「税金の話を聞いている」と感じます。でも実際には、承継の話が始まっています。

タイミング2:社長の体調に変化があったとき

社長が入院した、大きな病気をした、あるいは「最近ちょっと体がきつくてね」と漏らした。こういうときは、社長自身が「このまま自分がずっとやれるわけではない」と感じている瞬間です。

ただし、ここは繊細な場面です。体調の話に直接触れると、社長は気分を害する可能性があります。

具体的なトーク例

税理士:「社長、お体の具合はいかがですか。」

社長:「まあ、だいぶ良くなったよ。ただ、さすがに今回はちょっと考えたね。」

税理士:「そうでしたか。……社長、もし差し支えなければなんですが、万が一に備えて、会社の『もしものときの体制』を一度整理しておきませんか。これは承継の話というよりも、リスク管理の話です。社長がいなくても会社が回る体制を作ることは、社長にとっても安心材料になりますし。」

ポイント

「承継」ではなく「リスク管理」というフレーミングで入る。社長の自尊心を傷つけず、かつ「確かにそうだな」と思ってもらえる角度です。

タイミング3:業績が好調なとき

これは意外に思われるかもしれません。「業績が良いのに、なぜ承継の話?」と。でも実は、承継の準備は業績が好調なときにこそ始めるべきです。理由は2つあります。

1つ目は、先ほどの株価の話。業績が良いと株価が上がり、移転時の税負担が大きくなります。2つ目は、社長の精神的な余裕。業績が悪いときは「それどころじゃない」となりますが、好調なときは「今のうちに考えておくか」という気持ちになりやすい。

具体的なトーク例

税理士:「社長、今期は本当に良い数字ですね。3期連続で増収増益。素晴らしいです。」

社長:「ありがとう。社員ががんばってくれてるからね。」

税理士:「ところで社長、業績が好調なときだからこそ、お伝えしておきたいことがあります。好調な今のうちに、『次の10年の絵』を描いておくと、経営の選択肢がぐっと広がります。具体的には、幹部の育成計画や、株式の移転スケジュールなど。業績が落ちてからでは、これらの選択肢が狭くなってしまうんです。」

「今だからこそ選択肢が多い」という切り口は、社長に「引退しろ」というメッセージではなく、「今の好調さを将来に活かしましょう」というメッセージになります。

タイミング4:同業の承継ニュースがあったとき

同じ業界、同じ地域の会社が事業承継をした。あるいはM&Aで売却した。こういうニュースは、社長にとって「他人事ではない」出来事です。

具体的なトーク例

税理士:「社長、○○工業さんが先月、息子さんに社長を引き継がれたそうですね。ご存知でしたか?」

社長:「ああ、聞いたよ。○○さんもついにかって思ったよ。」

税理士:「実は○○工業さん、5年前から計画的に準備されていたそうです。株式の移転も少しずつ進めていて、税負担もかなり抑えられたと聞いています。」

社長:「5年もかけてたのか。」

税理士:「はい。承継って、始めてから完了するまで、一般的に5年から10年かかるんです。逆に言えば、5年前に始めたから、スムーズにいった。急にやろうとすると、税負担も重くなりますし、後継者の準備も間に合わないことが多いんです。」

この切り出し方の優れている点は、社長自身の話ではなく、他社の話から入っていること。社長は客観的に「他社の事例」として聞けるので、心理的な抵抗が低い。でも内心では、必ず「うちはどうなんだろう」と考え始めています。

タイミング5:社長の年齢の節目

60歳、65歳、70歳。こうした年齢の節目は、社長自身も「区切り」として意識するタイミングです。特に65歳は、多くの社長にとって1つのラインです。

具体的なトーク例

税理士:「社長、来年65歳になられますよね。お元気だからまだまだだと思いますが、1つだけ確認させてください。」

社長:「何?」

税理士:「個人の相続対策と、会社の株式の問題。この2つは、65歳を過ぎると税制上の選択肢が変わってくる部分があります。今すぐ何かをする必要はないんですが、『今の状態を整理しておく』だけでも、将来の安心感が違います。一度、簡単に棚卸ししてみませんか。」

年齢の話は直接的すぎると感じるかもしれません。でも、「税制上の選択肢が変わる」という事実を根拠にすれば、税理士として当然の助言として受け取ってもらえます。

5つのタイミングを一覧にすると

タイミング 社長の心理状態 切り口
1. 決算報告時 数字モードになっている 株価試算の報告
2. 体調変化時 「ずっとやれるわけではない」と感じている リスク管理の提案
3. 業績好調時 精神的に余裕がある 選択肢が多い今のうちに
4. 同業の承継ニュース 他人事ではないと感じている 他社事例からの導入
5. 年齢の節目 区切りを意識している 税制上の選択肢の変化

絶対にやってはいけない切り出し方

ここまで「うまくいく切り出し方」をお伝えしましたが、逆にやってはいけない切り出し方もあります。これは私自身、過去に失敗して学んだことも含まれています。

NG1:「社長もそろそろ年齢ですし」と年齢を直接指摘する

事実であっても、言われた社長は気分を害します。年齢は社長が自分で意識するもので、他人に指摘されるものではありません。先ほどの「タイミング5」では年齢に触れていますが、あくまで「税制上の変化」という客観的事実を根拠にしている点が違います。

NG2:「後継者はどなたですか?」といきなり聞く

後継者が決まっている社長はごく少数です。決まっていない社長にこの質問をすると、「決まってないよ」と答えるしかなく、気まずい空気が流れます。後継者の話は、承継の検討が始まってからする話です。最初の切り出しで聞く話ではありません。

NG3:「セミナーで事業承継のことを勉強したんですが」と自分の学習報告をする

社長は「先生が勉強したこと」に興味はありません。社長が興味を持つのは、「自分の会社にどう関係するか」だけです。学んだことは自分の中に留めて、社長に見せるのは「社長の会社に関する具体的な数字と事実」だけにしてください。

NG4:「何もしないとこうなりますよ」と不安を煽る

NGトーク例

「社長、もし今何もしなければ、相続が発生したときに株式の評価額が○億円になって、相続税で会社が潰れる可能性もあります。」

これは事実かもしれませんが、最初の切り出しでこの話をされると、社長は「脅されている」と感じます。不安を煽って動かそうとするのは、最も信頼を失うやり方です。

株価の話から入る技術

5つのタイミングに共通して使える「万能の切り口」があります。それが株価の話です。

なぜ株価から入るのが有効なのか。理由は3つあります。

株価から入る3つの理由

1. 税理士の専門領域である:株価評価は税務の仕事。社長も「先生の守備範囲の話だな」と受け止める。
2. 客観的な数字である:意見ではなく事実。「あなたの会社の株価は○○円です」は反論しようがない。
3. 承継を意識させる:株価を知ると、社長は自然に「この株をどうするか」を考え始める。

具体的な手順はこうです。

  1. 決算が終わったタイミングで、顧問先の自社株評価を試算する(30分〜1時間程度でできる)
  2. 評価額を1枚のシートにまとめる(評価方式、評価額、前期との比較)
  3. 決算報告の際に「ついでに」見せる
株価報告のトーク例

税理士:「社長、決算報告とは別に、1つ資料を作ってきました。御社の自社株の評価額です。」

社長:「株価? 考えたことなかったな。いくらなの?」

税理士:「類似業種比準方式で計算すると、1株あたり○○円です。発行済株式が○○株ですので、全体の評価額は約○○万円になります。」

社長:「そんなにするの?」

税理士:「業績が良い証拠です。ただ、この評価額は毎年変わります。今後も業績が好調なら、さらに上がる可能性があります。将来、この株式をどなたかに移す場面が来たときに、評価額が高いと税負担も大きくなります。今すぐどうこうという話ではありませんが、毎年の推移を見ておくことをお勧めします。」

このやり取りの中で、「承継」「引退」「後継者」という言葉は一度も使っていません。でも社長の頭の中では、確実に「将来、この株をどうするか」という問いが生まれています。

これが、承継の話の「正しい始め方」です。承継の提案をするのではなく、承継を考えるきっかけを渡す。

タイミングを見極めるための3つのサイン

では、5つのタイミングのうち、今この社長にはどれが合っているのか。それを見極めるためのサインがあります。

社長の発言・行動 示唆するタイミング
「最近、体がきつくてね」 タイミング2(体調変化)
「○○社が会社を売ったらしいよ」 タイミング4(同業ニュース)
「来年で○歳なんだよ」 タイミング5(年齢の節目)
「息子が会社に入りたいと言ってる」 すぐに切り出してOK
「うちの将来が心配でね」 すぐに切り出してOK

逆に、社長が「まだまだやるよ」「引退なんて考えたこともない」と言っているときは、正面から切り出すのは避けたほうがいい。そういうときは、タイミング1の「株価の話」から間接的に入るのが最善です。

正直に言うと

承継の話の切り出し方に、完璧な正解はありません。社長の性格、会社の状況、税理士との関係の深さによって、最適なアプローチは変わります。

ただ1つ、確実に言えることがあります。

承継の話を「しなかった」ことで後悔している税理士は、たくさんいます。

「もっと早く言っておけば、税負担を抑えられた」「もっと早く始めていれば、後継者の準備が間に合った」。こうした後悔は、すべて「切り出すのが怖くて先延ばしにした」結果です。

社長にとって、税理士は最も長く付き合う外部のアドバイザーです。承継の話ができるのは、その立場にいるあなただからこそです。まずは次の決算報告で、株価の試算を1枚持っていくところから始めてみてください。

戸川 誠一(とがわ せいいち)

独立系経営コンサルタント。大手メーカーの経営企画部を経て独立。15年間で200社以上の中小企業の経営支援に携わる。専門は経営計画策定・事業承継・組織改革。

承継の話はタイミングだけでなく、
「何を見せながら話すか」で社長の反応が変わります。

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